一夜。
選手なら誰しもスタメンでゲームに出たいもの。
ましてや一度でもエースナンバーを背負った事がある者なら尚更だ。
それでも最初から「控えで呼んだ」と言われたW杯。
今の自分にできることを精一杯する為に
「私にはスピードで試合の流れを変える自信がある」
と何度も何度も自分に言い聞かせ
練習では率先して声を出し
メディア取材では自ら道化役をかって出た。
先発メンバーが試合に集中出来るように思いつく限りのことをした。
そしてあの夜を迎える。
ドイツW杯準々決勝。
悲願のメダル獲得を目指す日本と
地元開催で女王復権を目指すドイツ。
息詰まる一進一退の攻防の中ついにその瞬間が訪れる。
延長後半。
交代出場でピッチに立っていた彼女
「途中から出てる分他の選手より体力は余っている」
足が止まりそうになれば
頭の中でその言葉を繰り返し
前線でチェイスとプレスを続けながら
味方ボールになれば何度も動きだしをやり直していた彼女に
絶対エースからの絶妙のラストパスが通る。
絶対エースからの絶妙のラストパスが通る。
日本では明け方に近い時間。
テレビの前の
僕だけじゃなくあの試合を見ていて
彼女を昔から知っている誰もがきっと叫んでいたはずだ。
「行け!カリナ!」
角度のない場所から放たれたシュートは
見事ドイツのゴールを揺らし
その後
決勝まで続いていくなでしこの劇的ゴールラッシュの口火となった。
サッカーの神様が彼女に微笑んだ瞬間だった。
一番キレイなメダルを手にした彼女は一躍人気者になり
日本に帰国してからは更にその勢いは増す。
あれだけ書かれたネットでの罵詈雑言は全くなくなり
彼女自身もその事は封印し笑顔でメディアに乗り続けた。
そうすることが
その時の彼女にとっては自分にできる精一杯の事だったから。
そんな彼女に次なる試練が訪れるとは。
今後のサッカー人生さえ脅かす悲劇に見舞われるとは。
誰も想像していなかった夏の終わり。
W杯後すぐに行なわれたロンドン五輪最終予選が始まる。
今思えば
何も準備の無いまま入ったドイツ。
激闘の疲労を取り去る間も無く
過密なスケジュールとタイトな日程の中
無理に無理を重ねた代償は余りにも大きかった
疲労の蓄積は彼女の膝を徐々に蝕んでいたのだろう。
間違いなく。
次回へ続く。